初めまして、どうも虫明です。

みなさんどうも初めまして。虫明 晋之介ムシアケ シンノスケと申します。

この記事を読んで頂いているということ自体がかなり稀であることは間違いないんですが、タイトルの通りです。

そう、初めての投稿ということです。

どうぞ今後とも宜しくお願い致します。

そして、折角なのでこのブログを始めるまでの経緯を少しお話させて下さい。

岡山生まれ

最初に自己紹介をすると、東京で美容師をやっている36歳です。

岡山で生を受け、美容師になるまで美容室に行ったことはありませんでした。

というのも、学生時代は何らオシャレというものに興味がなく生粋のゲームっ子でした。

そんなある時、90年代後半に起きたカリスマ美容師ブームの少し手前(確か私が高校2年の時)、たまたまテレビをつけたら東京の美容師のドキュメントを放送していました。

そして白髪の老婆をあっという間にベリーショートに切り上げたのです。

その当時の自分にはとてもセンセーショナルで今まで美容師のことなんて何も知らなかったくせに「美容師になりたい!」とただただ職人の生業に憧れて一念発起、美容師の世界を目指したのでした。

美容師を目指し大阪へ

ただ美容師になろうと思っても、床屋しか行ったことがないローカルショタがどこに行けばいいかも分からず、母親の通っていた美容室の担当の方の勧めのまま大阪の美容学校へ進学を決めました

いざ大阪へ。

その美容学校は学生寮完備で私の住むことになった寮は他校の学生も入居していました。

そして、その寮でこのブログを始めるキッカケにもなる男、ウエダと出会いました

当時彼は金髪のボンバーヘッド、シャカシャカの水色ジャージという出で立ちで私には恐怖の対象でしかありませんでした。

しかし、「ゲーム好き」という共通項から次第に仲良くなり半年経つ頃にはほぼ毎日遊んでいました。

美容学校を卒業後、下町の美容院で働き始めました。

が、当初の「美容師になりたい!」と熱く想っていた心も徐々に薄れ、仕事<遊びに傾いていき、一年もするとサロンとパチンコの往復の毎日になりました。

定休日の前日にはウエダの家へ行き、徹夜で遊んで翌日にはまたパチンコをするという底辺の週末を毎週楽しんでいました

しかし、そんなある日少しずつ「あれ?こんなんで良いのか?」という漠然とした将来の不安を覚える様になりました。

4年経った時、「改めて美容師をちゃんとしよう。」と、とある美容師のコンテストに出場しました。(そんなのがあるんです)

結果は惨敗。しかし、その時の入賞した作品がどれもこれも東京の美容師の二番煎じで「何でもかんでも東京かい!?」と憤りを覚えたのでした。

当時関西根性が芽生えていた私は、東京をえらく毛嫌いしていたのですが、
「東京のことは嫌いだけど、何も知らねえな。」
「だったら東京で自分がどれだけ出来るか試してみよう。」
と、上京を決意しました

可能性を試したくて東京へ

「この人のカットが好き!」と表参道のSide Burnという美容室に履歴書を送りました。

Side Burn

美容師事情ですが、基本一度も希望先の美容室に行ったことのない人間はまず落とされます。

しかし、社長の奇跡的な勘違い(昔会ったことのある鋭い良い眼をした若者と思ったらしい←勿論私じゃない)で何とか内定をもらいました。

ウエダをはじめ、大阪のみんなに送り出され花の都大東京へ。(長渕好き)

そして、美容師としてちゃんとしよう、と一から再スタートを切りました。

程なくして、時代はSNS社会に移り変わっていきました。美容師もSNSが必須になる中で何となくは登録してみたものの、マメにするのが苦手ですぐ放置、気が向いたらまた投稿の繰り返し。

「切るのが上手けりゃ客は来る。」と前時代の職人の様にのしっと重い腰を上げずにただそこに座っていました。

一方ウエダは私が上京した後、ニコ生主としてキャリアを積んでいて、リスナーから塾長と呼ばれファンも獲得していました。(少し病んでましたが…)

しかし、ネットの世界に身を置く彼を、私はどこか冷ややかな目で見ていました。

目ぇイっちゃってたなー

そんな感じでどんどん月日は流れ──

相変わらずSNSは気まぐれにやりながら、美容師は美容師として着実に、という感じでそれはそれでアリな生活を送っていた訳なんですが…

元々PhotoshopやIllustratorをいじるのが好きだった私は、去年辺りからやっぱり動画をつくれるようになりたいなーと密かに思っていました。

そんな矢先、ひょんなことからウエダとたまたま連絡を取り、お互い趣味でやっていたミニ四駆でレースをすることになりました

そして、レース当日。

久々に会うウエダは何だかスッキリしていて、言わばよく遊んでいた時と変わらない彼に戻っていました。

ニコ生主としてベテランのウエダが前日の夕飯時に生配信をすると何人ものリスナーが集まっていました。

動画をつくりたかった私は「こいつとなら!」と、一緒にYouTubeを始めないかと持ちかけたのです

色々と気付いてしまった

さて、それから美容師とYouTube、散髪と編集の毎日が始まりました。

そして、3本目(下の動画)にぽっと出で上げた動画がサクッと3000回程伸びて(数字は知れてるけど)「いけるやん!」と思っていました。

ホントにラッキーパンチ

しかし、ビギナーズラックが長続きする訳もなく、すぐにチャンネルは停滞気味になりました。

結局やっぱりネットでの拡散力を手にして、認知度を高めないとなとウエダと話し、ここでようやくネット≠リアルではないということに気付き始めました

そして、10年放置していたTwitterを再開しました

すると…

何にも分かっていなかった。

情弱やん。

10年前にチラッと見ていたTwitterとは全然違った。

ビジネスパーソンやインフルエンサーが溢れていて、日毎夜毎に社会に対する議論が繰り広げられており、ひとつのツイートが目まぐるしく拡散されていく。

はたまた10代20代の若者が先を見据え、その生まれながらのネットコミュ力でインフルエンサーの階段を駆け上がっていったり。

「なう」とか「わず」とか言ってくだらないことで盛り上がってた(それはそれで大好きだけど)頃とは違い、ビジネスツールとして完成されている。

気付くのが遅過ぎたんです。SNSの影響力は社会的資産であると。と同時に自分の社外価値ってどうなんと。

割と会社ではマルチな感じで色々とこなしていて社内価値は高くなりやすいんですが、いざ社外に出た時、誰が自分のことを知っとんねんと。

それから少しずつでも階段を登ろうとするんですが、このネット社会に突如産み落とされた赤子にはその一段が異様に高い

と所謂「今ココ」状態なのですが、少しでもやれることはやっていこうと自分にしか出来ないことを模索中です。

そのひとつにこの赤子の成長をlogにしておくことで何かしらこれを読んでいる方にお届け出来たらなと思っております。(だいぶ雑記になるとは思いますが)

最後に

最後になりましたが、ここまで読んで下さって本当にありがとうございます。

まだまだ歩きも出来ておりませんが、今後とも宜しくお願い致します。

現在のSNSの状況
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189人
 282人
本当にまだまだですね…道は長いorz